6/6 父逝く

6/6 朝8時50分。天国へ父が旅立ちました。

知らせを聞く前。
朝トーストを噛った瞬間、先週入れてもらったばかりの差し歯が抜け、予感が走った。

そして今6/7、実家に向かっている。お腹の子と新幹線の旅がつづいてる。がんばれお腹の子よ。というか、お腹の子がいるから、私は強くいなきゃと気が張り。まだ涙を流せずにいる。

父さん、2年前うちに遊びに来たとき。二人でたくさん遊んだね!たぶんだけど、あん時買った料理本。買って満足~で、見てないんじゃないかなぁ?

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買いすぎ
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うちで寛ぐ父。
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私は歯抜けのまま、これから通夜いってきます

大好きな土手

実家はいろいろあって落ち着かない場所。
(両親の仕事が終わるのが遅い関係で、私は小さい頃から高校生まで徒歩2分のバアバん家で暮らしてた。バアバん家が落ち着く場所だったというと母悲しむのでここだけの話。)

わたしは早く起き、大好きな土手で1人朝ごはんすることにした。朝ごはんを買いにセブンイレブンに向かいながら、緑の爪を落とさなきゃなぁと眺める。

兄「趣味悪い色じゃのう。田舎はすぐ噂になるけーとってくれや」
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さすがに、葬式は落とすけど。田舎はね、そうそう。だから都会が楽です。

大好きな土手。
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朝ごはん
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朝ごはんが大好き。川の音を聞きながら朝ごはんだなんて、超贅沢!と噛み締めてると、知らないおばちゃんきて、隣に座られ世間話(20分くらい)して、帰ってった。

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次の日も同じ場所で、同じ朝ごはんを買い、まさかまた同じおばちゃんに会うという(デシャブかよ)

日に日に弱っていく父。だしまきともうんともすんともいわなくなった。私はひとまず東京に帰ることにした。

最後までケンカ

お兄ちゃんは、静かに涙を流しつづけた。

お兄ちゃんと、お父さんはどちらも料理人。そもそも、一緒にお店をやるってのが間違い。性格が合わなすぎる。。。しかも親子で仕事ってきっと難しい。

⚫お父さんは、中学生の頃から和食の修行。厳しい修行に耐え、1から店を作り商売命。「俺の背中を見ろ」みて欲しいタイプ。ひょうきんで人気者。

⚫お兄ちゃんは、なーんとなく料理の道に進んだ?なぜかイタリアンの道。厳しい修行に耐えかねて実家に帰ってきた。未だに一人じゃ何もできない過保護タイプ。
(もうここは隠さず、素直に書きまくります)

10年以上怒鳴りあい。普段は温厚な兄も、お父さんにだけびっくりするくらいキツイ言葉使い。「お前あっちっとけ!」「出ていくけーのー」
(しかし何年たっても出ていかない)

数年前にお父さんは、兄に店を譲り裏方へと世代交代。したにも関わらず、店のそうじ・仕込み・会計を裏で全てやってた。オープン前に店にきて厨房に立つ兄。これじゃあ意味ない。。。結局手を出してしまう父と母。

倒れる前の日、お父さんが今後のお店について、話し合いをしたいと持ち出した(本気でお店をやってほしいと話したかったらしい)案の定、話し合いにもならず大喧嘩。聞く耳もたずの兄。

病室でお父さん見ながら「最後もケンカじゃあ」とお兄ちゃんは涙が止まらなかった。お母さんはそんな姿を初めて目にし、驚いてつられて泣いたらしい。

私が実家に帰らなかった理由は、私が何を言っても何年も何年も父、母、兄がずぅーーーっとこの状況を変えないから。ずぅーーーっとそれぞれの愚痴ばかり言って何も解決しないから。私は愚痴をきく聞き役。はがゆくて、悲しくて、正直うんざりだった。

お父さんがいなくならないと、変わらないんだなって思ってた。こっから、こっから、お兄ちゃん、変わってくれ!!!お兄ちゃんが幸せならなんでもいい。お兄ちゃんのパスタはめちゃめちゃ美味しいけど、料理人じゃなくてもいい。人生楽しんでくれぇーーー。(ていう私は無責任なのかな。はぁーーー)ただただ、家族のしがらみから抜け出してほしい。

最後の言葉「だしまき」

実家みよし駅に到着。
兄が迎えにきてくれて、二人で病院へ。

変わり果てた姿をイメージしてきてたので
見ても大丈夫だった。(乱れまいと必死な自分)

「お父さん、カブの酢の物ありがとう!おーい!東京から帰ってきたんだよぉーー」
手と足が動いた。

「お父さん、今回はだしまきが入ってなかったよーー。だしまきたべたいなー」というと突然。

「だしまき、だしまき、」
と弱々しくもつぶやき何回も繰り返した。

「そうたよ、だしまきだよ!だしまき巻いてよ!だしまき屋するんじゃろ?」

また、
「だしまき、だしまき。。。」と繰り返した。

お父さん(料理人)といえば、だしまきってくらい代表をするメニューで、地元の皆さんに何十年も愛される逸品になっていた。

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東京の友達にも食べさせたいというと、10本も送ってくれたり(多くて困った)、私がお世話になった人にも勝手にだしまきを送ったり、持ってってたり。

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↑広島でハミルカフェやったあとに、店主に持ってってたらしい。

「お父さんは卵に取り憑かれとるんよ」
とお母さんが言うほど、だしまき人生だった。

無意識でも、声を発してくれるなんて思ってもなかったので、だしまきだしまき!と私も耳元で言いつづけた。

そんな光景を見て
意外にもお兄ちゃんが涙をながしていた。

私は驚き、見ないようにした。

最後の贈りもの。

金曜日の夜、ヤマト配達のメールで
お父さんからの荷物が日曜朝に届くことを知った。

すると兄から珍しく電話
「父さんが脳出血で倒れた。今夜が山じゃけえ」

実は、私。妊娠5ヶ月目。
一番喜んで浮かれまくったのはお父さん。念願の孫。わたしは何年も「孫まだ?」と孫孫言われ、できにくいと診断されてたので、その言葉は正直苦痛だった。

酸っぱい物ブーム到来中の私に、
「カブの酢の物やら色々来週送るけーね」
とニヤニヤ声の父。
先月も送ってくれたし、いいよと断ったのに。
浮かれすぎて、脳出血?
荷物を送ってくれた後に倒れたってこと?

深夜2時
「山は乗り越えたけど、意識は戻らない。延命治療もおかんはやらないと決めたのでもって1週間」
と兄からLINEがきてた。

日曜日の朝、お父さんの荷物を受け取って
実家に帰ることに。

荷物を受けとるのが嫌だった。
泣いたりして感情が乱れるのが嫌だった。
10時過ぎヤマトさんが持ってきた。

「よし、開けるか!」1人掛け声をかけた。
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フキの煮物、生姜みそ、カブの酢の物
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そして米を箱からだすと、
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カープのポスターが敷かれていた。
何かしらカープものを入れてくる風習がお父さんにはあった。

最後のお父さんの料理を、一口づつたべた。
くたっとなったカブは味が染みこみすぎてて
フキと味噌は懐かしかった。

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気持ちをそらすため、なぜか写真をとり
東京駅へと急いだ。